広島赤松が引退、不屈の闘志で走り続けた現役生活 (引用:https://www.nikkansports.com/baseball/news/201909070000674.html 日刊スポーツ)
今シーズン限りで引退だそうです。野球ネタは週2回までの掟のため翌週になりました。
今でこそロッテファンをやっていますが、実は子供の頃は巨人ファン、その後は阪神、そこから紆余曲折を経てロッテ+プロ野球ファンになっていきます。阪神に愛想を尽かすきっかけを与えてくれたのがこの選手で、阪神にいる頃から赤松は大好きです。
子供の時は親の影響で巨人、高校くらいから嫌気がさし大学デビュー的な感じで阪神ファンになりました。当時はF1セブン(結局レギュラー取れたのは赤星と藤本、せいぜい上坂高波くらいまで)や井川などが育って、矢野・金本ら移籍組もいて、2003年と2005年にリーグ優勝しました。それくらいまでは阪神ファン一筋やったんです。
ところが、その頃好きだった選手がどんどんいなくなるんです。金本、伊良部、下柳、片岡らで味を占めたんでしょうね。2005年の優勝以降補強に走り始め、まず新井です。新井取るんか・・・と思っていたところその人的保障が赤松でした。オープン戦で見て以来赤星の次のセンターは赤松しかいないと思っていたので、新井と赤松のトレードでもいらん。プロテクトされていなかった事に衝撃、その翌年城島を補強した時点で見限りました。赤松本人としてはカープで引退試合をしてもらえる選手になれたので結果としては阪神を出られてよかったとは思います。
自分事ではたまたま2004年にオープン戦(中日-ロッテ@ナゴヤドーム)を見たのがロッテの始まりです。3イニングずつ3人の投手リレーで、一人目がミンチー(身長200cm超えのオーバースロー)、2人目が渡辺俊介(地上10cmから投げると言われたアンダースロー)でした(3人目は忘れました)。さらにライトスタンドから見るライトのベニー等、当時のロッテの魅力つまった試合でした。しばらく忘れていましたが、2005年の阪神-ロッテの日本シリーズをテレビで見ていろいろ思い出したんです(笑)。その時点では阪神側なので気分は完敗でしたが。
2007年に関西に帰ってからは、母校から高卒プロ野球選手出始めた時期(オリ:T-岡田、ヤ:山田など)と重なり、京セラや甲子園にもよく行きました。また、赤松を追ってのマツダや、千葉マリンまで遠征したり、学会の度ご当地球場に行ったり。1球団だけを応援すべきという固定概念を外し、視野を広げてくれた選手でもあります。そして彼のおかげでなぜか今はロッテファンになりました。
まとめてみると長文やしだいぶん遠回りや、風が吹くと桶屋が儲かる話より遠回りかも(笑)
中川和也 拝